発達障害診断でグレーゾーンと言われて白黒つけたくなったら ~ADHDでもASDでもLDでも白でも黒でもグレーでも、大切な事は同じ~
白黒付けたい外野たち
『グレーゾーンですね』
そう言われるとモヤッとして、白黒付けたくなりませんか?
私自身、子供が『軽度発達障害』と診断名を付けられた時。
正直言って、白黒付けてほしかったです。
「発達障害?障害?軽度って何?結局どっちなの?どうしたらいいの?」
と、初めての言葉にパニックになりました。
「生まれながらの“偏り”はあるけれど、軽度だから」と言われる。
こちらは本気で悩み、どうすればいいかと困っているのに、『軽度』と名付けられたことで、利用できる福祉に制限がある。
周囲から「とてもそうは見えない。全然普通だよ」「大したことじゃない。もっと大変な人が居るよ」と、良い意味でも悪い意味でも、時に医師にさえ軽くあしらわれる。
誰も分かってくれない。これが本当に苦痛でした。
発達障害というものを自分なりに調べてみても、幅広く、十人十色でよく分からない。
ただでさえ子育てには正解がないのに、診断名だけつけられて、「こう考えたらいいよ」なんて答えは、当時は誰も教えてくれませんでした。
でも、その数年後。
『白』を疑わずに普通に生きてきたつもりの自分が、グレーどころか『黒』だと診断されたのです。
その時、私は初めて気付きます。
「あぁ、色(診断名)なんてどうでも良いんだ」と。
「診断名」は時に重要でも
毎日を生きていく上では不要
なぜならその『色』は、一人の医師が決めただけの、ただの医学的な名称にすぎないからです。
もっと言えば、医師が、私の発達状態を医学的に説明する時に用いるためだけにある表現です。
そこに「色の意味」なんて存在しないのです。
発達障害は十人十色。
それぞれ凸凹の場所も、形も、濃淡も違います。
生きていく上で『生きづらさを感じる』事がひとつの線引き要素であって、明確なボーダーラインなんて、誰もはっきりとは分かっていません。
医師が変われば、時に結果も変わる…それくらいのものです。
でも、私はどうでしょう?
診断を受けた結果が、白でも黒でもグレーでも。
私は、昨日と何も変わりません。
私は私のままです。
自分なりに『普通』に生きてきたつもりだし、これからも『普通』に生きていく。
「なんだ。それでいいんだ。」と思えました。
実際、障害者手帳を交付された時も
「おぉ、障がい者がここにまた一人誕生したわ〜。こうやってある日突然、ぬるっと社会的な立ち位置が変わるんだな~、へぇ〜」と、本当に他人事の様でした。
別に辛いとも悲しいとも思いません。
だって、手帳を貰う前と今の自分は、何一つ変わっていないのですから。
(あ。変わった事…顔写真付き身分証明書が増えた事と、手帳の福祉が受けられるようになった事くらいでしょうか。)
他人から見て名前を付ける時に、判断という色が必要なだけであって、生きていて白か黒かグレーかなんて事は、全く重要ではないのです。
大切なのは、本人が何の悩みを抱えていて、何に困っているのか。
それを理解・解消してゆくには、どうすればいいのか?です。
周りが色に振り回されるのは、医師に名前や色を付けられたことでその人が『変わってしまった』と、無意識に思い込んでしまうからじゃないかな?と個人的には思っています。
また、診断や手帳を貰った事で、塞ぎ込んでしまったり、負い目に感じてしまったり、自分を責めたりする方がいますが、そんな必要はありません。
あなたらしく生きてきて、これからもあなたらしく生きる。
それで良いと思うのです。
大事なのは自分らしく生きるという事
困っている事を、どうすれば楽に出来るのか。
発達障害だという事に気付けたのなら、それはチャンスです。
それまで自分に鈍感だったとしたら、自分を大切にしてあげられるチャンスですし、ずっと困っていた事は、工夫次第で随分と楽になるからです。
私は、自分によく似た子供を育ててゆく中で得たもの、また自分が発達障害(ADHD/ASD)であり、HSP(繊細さん)であると知ってから試行錯誤してきた中で得たものを、同じ事で悩まれている方の少しでもお役に立てたらと思い発信してゆきます。
あなたへ向けた発信ですが、自分にも宛てています。
これまで、自分を蔑んだり、自虐するのが得意でした。人の笑顔が大好物なのですが、笑わせる術はいつも自虐交じり。優しいだけが取り柄のイエスマンで、世間で浮かない様周りに合わせ、自分の意見があるようで無い会話…世間一般との溝は埋まらないのに、溶け込もうと必死でした。
そうやって生きてたら、自分が本当はどうしたいのかさえ、分からなくなっていました。
発達障害である事を自分でどうとは思っていません(困ってはいます)が、自分を必要以上に蔑んだり自虐で笑いを取る事は本望ではありません。
それに自分ではどうと思っていなくても、「発達障害」というパワーワードが、聞く相手にネガティブな印象を与える事が悲しいです。
単純に人が笑ってくれるとかなり幸せなので、まず自分から笑顔を見せて、そして誰かの役に立つ事で、誰かの幸せな笑顔が見たいと思っています。
ぜひあなたも一緒に、自分らしく楽しく幸せに生きて行きましょう。